画期的な「蚊取り」空気清浄機が爆売れ…殺虫成分の拡散なし、目の付け所がシャープ

地球上でもっとも殺人を行っている動物をご存じだろうか。
 2014年に発表された統計によれば、それは蚊だとのこと。蚊は、病気を媒介することで年間約73万人を死に至らしめているという。第2位の「人間」43万人を大きく上回り、第3位の「蛇」3万人の20倍以上である。
 蚊が媒介する病気としては、マラリアデング熱、黄熱病、脳炎などがあるが、なかでもマラリア(60万人死亡)が他を圧倒している。最近では、デング熱やジカ熱が日本でも話題となったので、蚊に神経をとがらせることも多くなったのではないだろうか。
 歴史を紐解くと、日本における「蚊取り技術」の歴史は古い。アメリカから帰国した福沢諭吉が日本に初めて除虫菊を紹介したといわれているが、それを用いて大日本除虫菊(キンチョー)が蚊取り線香を発売開始したのが1890年。その後、70年以上にわたり「蚊取りといえば蚊取り線香」といわれるようにキンチョー独り勝ちが続いた。
蚊取り技術をめぐる技術競争
 しかし、1963年にフマキラーが電気式蚊取り技術「ベープ」で攻勢を仕掛けてきた。
 火を使うため危ない、煙が出るので室内が煤けるという蚊取り線香の弱点を見事について、殺虫成分をしみこませたマットを電気で加熱するという画期的な製品で蚊取り市場に参入してきたのだ。マンションや子供部屋でも安心して使えるという点が評価され、一気に市場に広がった。
 しかしながら、弱点がなかったわけではない。効果が12時間しか持たないために毎日マットを交換しなければいけないこと、加熱部はかなりの高温(170度)となるため火傷の危険があるし、毎日必ずスイッチを切る必要があった。
 84年、フマキラーの弱点に付け込んできたのがアース製薬だ。リキッド式蚊取り「アース ノーマット」で勝負を仕掛けてきた。殺虫成分を含む液体を少しずつ室内に気散させる技術で、30日以上取り換えなしでの効果継続を実現したのだ。
 このあたりから、キンチョー、フマキラーアース製薬の三つ巴状態となる。その後も技術革新は続き、電池式やプッシュ式など各社各様に新しい商品を次々投入し続ける。
 市場を席巻したイノベーションを次のイノベーションが破壊する、そしてそのサイクルがどんどん短縮するという現代のイノベーション競争を象徴するかのような戦いである。
 今後、蚊取り技術の世界でどのようなイノベーションが生まれるのか楽しみにしていた矢先、とんでもないところから、とんでもない技術が飛び出してきた。
殺虫成分を一切使用せず蚊を駆逐
 それが、シャープが製品化した「蚊取空清(かとりくうせい)FU-GK50」だ。空気清浄機に蚊取り技術を搭載した新製品である。
 蚊取り技術といえば、殺虫成分をいかに効果的に発散して蚊を殺すかというところにばかり意識が注がれてきたが、この技術はその常識を根底から覆した。殺虫成分を一切使用せず、蚊を駆逐するのである。
 その技術とは、紫外線を好む蚊の習性を利用し、紫外線を発するUVライトを空気清浄機に取り付け、寄ってきた蚊を吸引し粘着紙に吸着させるというもの。殺虫成分を室内に拡散させるというこれまでの前提を覆し、室内の蚊をおびき寄せて一網打尽にしてしまうという発想だ。子供やペットがいる家庭における、殺虫成分の健康への影響を不安視する声にもぴたりと対応している。
 また、蚊が好む黒を本体の色に採用したり、蚊が物陰に隠れることを好む習性を利用して複数の小窓を設置したりと、工夫も細かい。
 日本での発売は2016年4月だが、先行してアジア諸国で発売を開始しており、当初の計画の2倍売れているそうだ。
常に突然現れるイノベーターたちとの競争
 これこそ、今のイノベーション競争を象徴する出来事ではないだろうか。まったく予想もしていなかったところから、予想もしないイノベーションが生まれ、既存の競争構図を大きく塗り替えてしまう。
 自動運転でトヨタ自動車にグーグルが戦いを挑むといった例が典型であるが、ソニーウォークマンをPCメーカーのアップルが駆逐したり、Skypeが電話会社を脅かしたりといった例があとを絶たない。
 モノづくり企業は、これまで競合だけを見ていればよかったが、今後はその戦い方は通用しない。常に突然現れるイノベーターたちにも目を光らせなければいけないという点で、ますます厳しい戦いを強いられることになるということを、改めて認識させられた出来事だ。
 それにしても、鴻海による買収騒ぎの渦中において、シャープらしい意地を見せつけた製品ではないだろうか。“目の付け所のシャープさ”は衰えていないことを証明してくれた。長らくシャープ製品に親しんできた世のお父さん世代の一人として、かの企業の今後の健闘を期待してやまない。