若年性パーキンソン病原因遺伝子産物(PINK1とParkin)による ミトコンドリア品質管理の調節機構の解明

f:id:elvescom:20160507194714j:plain

f:id:elvescom:20160507194725j:plain

f:id:elvescom:20160507194734j:plain

f:id:elvescom:20160507194738j:plain

ポイント
    ミトコンドリア品質管理の1つの調節機構を明らかにしたことで、パーキンソン病の病態のさらなる理解に貢献することが期待される。
    細胞内環境に応じた調節機構の発見により、環境が大きく変化する細胞分化の際にもミトコンドリア品質管理が新たな役割を果たすことを示唆している。

私たちの体で使われるエネルギーの多くは、ミトコンドリアと呼ばれる細胞内の小器官で産生されます。ミトコンドリアはエネルギーを産生する際に生じた活性酸素種(ROS)注1)で障害を受けることがあり、障害が蓄積したミトコンドリアは積極的に分解・排斥されます。このような機構をミトコンドリアの品質管理と呼び、若年性パーキンソン病原因遺伝子産物(PINK1とParkin)が重要な役割を果たしています。しかし、PINK1とParkinがどのように細胞内の環境に応答して調節されているかは分かっていませんでした。このたび、立教大学 理学部の岡 敏彦 教授のグループは、徳島大学 藤井節郎記念医科学センターの小迫 英尊 教授のグループと共に、環状AMP(cAMP)注2)という低分子物質がタンパク質にリン酸を付加する修飾(リン酸化)を介してPINK1とParkinのミトコンドリアへの標的化を制御し、ミトコンドリア品質管理を抑制することを発見しました。

立教大学の赤羽 しおり PD(ポストドクトラルフェロー)と宇野 碧 大学院生は、cAMPの細胞内濃度を上昇させるとPINK1とParkinが障害を受けたミトコンドリアに標的化しなくなることを発見しました。さらに、この現象は、cAMPがミトコンドリアタンパク質(MIC60とMIC19)をリン酸化修飾することで生じることを突き止めました。今回の研究成果はパーキンソン病の病態のさらなる理解に貢献するだけでなく、細胞内環境に応じた調節機構の発見により、環境が大きく変化する細胞分化の際にもミトコンドリア品質管理が新たな役割を果たすことを示唆しています。

本研究の成果は米国学術誌「Molecular Cell」に5月5日(米国東海岸時間)付にて発表されます。

本研究は、立教大学日本学術振興会(JSPS)および科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST) 「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」研究領域(研究総括:田中 啓二(東京都医学総合研究所 所長))における研究課題「ミトコンドリアをハブとする構造機能ネットワークの解明」(研究代表者:遠藤 斗志也(京都産業大学 教授))の一環として行われました。また、本論文の出版経費の一部について、立教大学 学術推進特別重点資金(SFR)の補助を受けました。
<研究の背景>

私たちの体を作る細胞の中で、エネルギーの通貨として働くATPの多くは、細胞内の小器官であるミトコンドリアで産生されます。ミトコンドリアはATPを産生すると同時に活性酸素種を作り出すために自分自身を傷つけてしまいます。この障害が蓄積されたミトコンドリアは、細胞内から速やかに排斥されることで、ミトコンドリア全体の品質が保たれています(図1)。この機構を「ミトコンドリア品質管理」と呼びます。
 
若年性パーキンソン病の原因遺伝子産物であるPINK1とParkinのうち、最初にPINK1が障害を受けたミトコンドリアに標的化し、Parkinを呼び込む形で反応が始まります。そして、分解の標識となるタンパク質をミトコンドリアに付加することで、障害ミトコンドリアの排斥を促しています(図2)。パーキンソン病の原因の1つは、PINK1やParkinが欠損して、障害を受けたミトコンドリアの排斥が正常に行われないため、神経細胞などの死が起きることであると考えられています。このように、ミトコンドリアの品質管理機構はパーキンソン病の分子メカニズムを理解するために重要にも関わらず、細胞内の環境が与える影響についてはまだ多くの不明な点が残されています。

<研究の内容と成果>

赤羽 しおり PDと宇野 碧 大学院生らは、細胞内の情報伝達物質の1つであるcAMPに着目し、フォルスコリンという薬剤でcAMPの細胞内濃度を上昇させました。すると、PINK1もParkinも障害ミトコンドリアに標的化することができなくなることを見いだしました。つまり、これは高濃度cAMPの環境では、ミトコンドリアがいくら障害を受けてもPINK1が標的化しないため、Parkinが働くことができず、ミトコンドリアの分解が起こらないことを示しています。

cAMP濃度の上昇はさまざまな細胞内応答を引き起こすことが知られていますが、その中で最もよく知られているのがタンパク質リン酸化酵素の1つであるPKAの活性化です。そこで、フォルスコリン添加の代わりにPKAを細胞に過剰発現させたところ、フォルスコリンの効果と同様にPINK1とParkinの障害ミトコンドリアへの標的化を阻害したことから、フォルスコリンによるPKAの活性化が障害ミトコンドリアの排斥に関わると考えられました。次に、PKAによりリン酸化修飾を受けるミトコンドリアタンパク質を調べたところ、MIC60とMIC19がcAMP濃度上昇に応答しPKAを介してリン酸化されることが分かりました。MIC60とMIC19はミトコンドリアの形態維持に重要なMICOS複合体注3)の構成タンパク質であり、ミトコンドリアのさまざまな機能に関与することが知られています。MIC60またはMIC19の発現を抑制すると、PINK1の標的化が阻害され、Parkinが正常に働くことができなくなりました。

さらに、MIC60またはMIC19の発現を抑制した細胞に、リン酸化されないMIC60またはMIC19の変異体を発現させると、PINK1とParkinの障害ミトコンドリアへの標的化は回復しました。しかし、擬似的なリン酸化状態のMIC60やMIC19の変異体を発現させると、Parkinの障害ミトコンドリアへの標的化を回復できませんでした。これらの結果より、PKAを介したMIC60やMIC19のリン酸化修飾がPINK1やParkinによる障害ミトコンドリアへの標的化を阻害することで、ミトコンドリアの排斥を抑制することが明らかとなりました(図3)。つまり、ミトコンドリアの排斥において、PINK1とParkinが「アクセル」であれば、PKAを介したMIC60やMIC19のリン酸化修飾は「ブレーキ」と呼べるでしょう。

私たちの体の組織では、神経細胞や筋肉細胞のようにミトコンドリアによるATP産生が一過的に上昇する細胞があります。急激にATPを産生したミトコンドリアは障害がなくても一時的に元気がなくなります。これまでの研究では、PINK1とParkinが障害を受けたミトコンドリアと未障害で元気がないミトコンドリアをどのように区別しているのかは分かっていませんでした。今回の研究結果は、細胞内cAMP濃度の調節により、元気がないミトコンドリアの保護と障害ミトコンドリアの選択的な排斥が可能であることを示しています(図4)。
<今後への期待>

今回の研究成果によりミトコンドリア品質管理の1つの調節機構を明らかにしたことで、PINK1やParkinの欠損だけでなく、細胞環境により障害ミトコンドリアの排斥が抑制されることが明らかとなりました。これは、遺伝的要因以外がパーキンソン病の病態に関わることを示しており、孤発性パーキンソン病の理解にもつながることが期待されます。また、これまでミトコンドリア品質管理は細胞小器官の維持が目的だと考えられてきましたが、細胞内情報伝達物質による調節機構の発見は、細胞内情報伝達物質により制御されている細胞分化においても、ミトコンドリアの品質管理が新たな役割を担う可能性を示しています。
<参考図>
図1 ミトコンドリアの品質管理
図2 PINK1とParkinによる障害ミトコンドリアの排斥機構
図3 PKAを介したPINK1とParkinのミトコンドリア標的化の阻害
図4 障害ミトコンドリアと一時的に膜電位が低下したミトコンドリアの区別
<用語解説>

注1) 活性酸素種(Reactive Oxygen Species:ROS)
    過酸化水素を代表とする反応性の高い酸素分子を含む化合物。ミトコンドリアの呼吸の過程で、一部の酸素分子より生じる。
注2) 環状AMP(cAMP:環状アデノシン1リン酸)
    アデノシン三リン酸から合成され、リボースの5’と3’が結合し環状化した分子。タンパク質リン酸化酵素やカルシウムチャネルなどを制御することで細胞内のシグナル伝達物質として働く。
注3) MICOS複合体
    ミトコンドリアの内膜構造であるクリステの形成に関わるタンパク質複合体で、ミトコンドリア外膜と内膜の近接点の形成にも関わるミトコンドリア形態に重要な因子。