水素水ビジネスにのめり込む伊藤園、パナソニックの「品格」

ウリは「高濃度」 だけど効果は「水分補給」
村中璃子 (医師・ジャーナリスト)

リウマチ、認知症パーキンソン病脳梗塞、メタボ、ED、二日酔い、糖尿病、疲労・肩こり、アレルギー、歯周病、シミ・シワ・美肌――『水素水とサビな い身体』(小学館)の帯には、"今わかっている「水素水の健康効果」最新報告"としてこんな病名や症状が並ぶ。本文には、便秘に花粉症、高血圧、ひいては 放射線の害やがん、アンチエイジングにも効果ありと夢のような話が続くが、水素水とは何なのか。

 きっかけは、著者である日本医科大学の太田成男教授が2007年、有名科学雑誌「ネイチャー・メディシン」に発表した1本の論文だ。水素分子が、生物が エネルギーを作る時に生じるヒドロキシルラジカル等の有害な活性酸素を消去し、スーパーオキシドラジカルなどの有用な活性酸素は消去しないことが培養細胞 にて確認されたというものだ。

伊藤園の付加価値は"消費者の勝手な期待感"

 しかし、水素水を販売している飲料大手、伊藤園の広報担当者によれば、

「水素水はあくまでも清涼飲料水。体に良いとは言っていません」

 伊藤園は、08年から青いアルミ缶の「還元性水素水」を販売していたが、15年7月からはアルミパウチの「高濃度水素水」の販売を開始(どちらも自社通 販サイトでの販売が中心)。健康食品メーカーの通販や雑誌などで静かなブームを迎えていた水素水市場に、大手飲料メーカーが本格参入したことで話題になっ た。

「高濃度水素水」も、健康に関心の高い50代、60代を中心に売れており、前年比2桁増。売り上げはまだ伊藤園全体の1%以下だが、この4月11日より大 手スーパーやコンビニの棚にも展開すべく、シルバーのアルミ缶、HyperAQUA「水素水H₂」という商品の販売も始めて、「水素水市場の活性化を図っ て」(プレスリリース)いる。

 体に良いとは言っていないとしながらも、伊藤園の謳い文句は、「業界トップクラスの高濃度」。水素が抜けにくいアルミパウチを使い、特許を取った「水素 封入方式」で充塡しているため、水の中に水素が長時間存在するというが、効果効能を尋ねると「水分補給です」。水素と関係ない水分補給が効果効能なのであ れば、なぜ水素の濃度や抜けにくさを強調するのだろう。

 しかも、パウチ入りは1本200ミリリットルで278円(税別)と普通のミネラルウォーターと比べれば高額だ。パウチのパッケージが高いためと説明する が、新しいアルミ缶商品も185円(同)と普通のアルミ缶入り清涼飲料水より高く、トクホ(消費者庁が許可する特定保健用食品)飲料並みである。再度理由 を問うと、「お客様に価値を見出してもらいたいから」。

 茶カテキンなどの研究所をもつ伊藤園自らが、水素についての研究を行い、トクホを取るなどの予定はなく、太田氏ら外部の研究者が論文を出してくれるのを期待しているという。

 08年の輸入水ブーム、11年の東日本大震災などをきっかけに着実に拡大を続けている水市場。水飲料ブランドの1位、全飲料の3位ブランドでもある「サ ントリー天然水」を例に取っても、03年に年間2130万ケースだった出荷量は14年には8300万ケースと約4倍に激増している。

 一方、05年をピークに横ばいの緑茶飲料を主力製品とする伊藤園は、06年には「磨かれて、澄みきった日本の水」の販売開始、08年にはカルピスから仏 ダノングループ「エビアン」の独占販売権を買収と、かねてから水飲料にも力を入れているが、水飲料すべて合わせても、飲料ブランド総合第2位、年間 8500万ケースを売り上げる「お~いお茶」の足元にも及ばない。

 水素水市場は前年比3割増、市場規模は150億円とも200億円とも言われ、水素水生成器大手、日本トリムの株価上昇、中京医薬品の水素水売り上げ好調 を理由とした経常利益上方修正のニュースも出る中、効果は謳わず、研究はせずとも、「消費者の勝手な期待感」を付加価値として「コストはかけずに水を高く 売る」というのが伊藤園の戦略のようだ。

悪びれないパナソニック

「ええ、できあがった水素水はアルカリイオン水と同じですよ」

 そう答えるのは、水道の蛇口に取り付ける水素水生成器を発売しているパナソニックマーケティング担当者だ。パナソニックは1980年頃から「アルカリイオン整水器」を発売しているが、水を電解してアルカリ水を作る過程で、水素も発生することは以前から認識していた。

 水素水は身体に良いという話が広まると、13年10月「還元水素水生成器」の販売を開始。それまでは、アルカリイオン整水器のカタログに「水素も含む」という表記をするにとどめていたが、いよいよ"水素水"というラベルで売り出した。

 当初は「パナソニックのお店」と呼ばれる系列店での取り扱いだったが、15年秋に家電量販店での販売を開始。同年12月に三宅裕司氏がMCを務める TBSテレビ「健康カプセル! ゲンキの時間」で取り上げられると、パナソニックのウェブサイトにある水素水コーナーのページビューが700倍に。発売中 の3機種が一時品切れに陥るほどで、現在も供給が追い付かなくなってきていると言う。

 パナソニックによれば、水素水生成器とアルカリイオン整水器の基本構造、基本原理は「全く同じ」。違いを問うと、社内整理としては「電極が5枚以上あ り、かつ"水素チャージボタン"がついているものを還元水素水生成器と呼んでいる」と言う。同社ウェブサイトによれば、水素チャージボタンとは、電解しづ らい水質でも電解し、水素をたっぷり発生させる機能らしい。水素チャージボタンがないアルカリイオン整水器でも、もちろん水素は発生する。

 構造・原理は同じでも、価格の方は全く異なる。アルカリイオン整水器は、普及帯は電極3枚で3万円代、電極7枚の最上位機種は水素チャージボタンがない だけで実売8万円を切るのに、水素水生成器は同じ電極7枚で、上位機種17万円、初代機種も12万円と極めて高額(いずれも価格比較サイト「価格ドットコ ム」の平均価格)。水素水生成器の売れ行き(台数ベース)は、15年度が13年度の約4倍と好調だ。

 アルカリイオン整水器(法律上の名称は電解水生成器)の薬事法承認は1960年代と古く、「慢性下痢、消化不良、胃腸内異常発酵、制酸、胃酸過多に有効 である」と謳うことができる。効果の機序ははっきりせず、現在では、効果そのものも危ぶまれているが、90年代には成人病、アトピー、がん等に効くといっ た表示まで氾濫し、厚生省(当時)が不適切広告を禁止する通知を出すに至っている。パナソニックは水素水生成器と並行して今もアルカリイオン整水器を販売 している。

 ところで、アルカリイオン整水器では、飲料水としての安全性を確保するために㏗(水素イオン指数)は10以下を保つ必要がある。しかし、パナソニックに よれば、㏗を守ると水素濃度は0.6ppmから0.7ppm程度止まりになる。伊藤園の水素水はどうか。圧力をかけるなどして常温常圧時の飽和濃度 1.6ppm以上の「高濃度」で水素を充填していると謳うが、開栓時に保証する濃度はボトルで0.3ppm、パウチでも0.4ppm。冒頭に挙げた太田氏 の著書によれば、水素水の健康効果を得るためには最低0.8ppmの濃度が必要だというが、いずれもこれを下回る。

 しかし、そもそも太田氏の言う0.8ppmという数字にも科学的根拠があるのか。著書によれば、0.8ppmは「尿が出やすくなる濃度」。0.2ppm でもトイレに行きたくなる人はいるだろうから水素水に効果はあり、濃ければ濃いほどよいだろうとしているだけである。要は、水素水の濃度を競うのも、濃度 にケチをつけるのもあまり意味がないということになる。

 15年現在、350の論文が発表されているという水素水。濃度はさておき、科学的にはどの程度の効果が確認されているものなのか。

 太田氏の著書によれば、水素ガス、水素水、水素風呂など様々な形で水素を体に取り入れることが病気の治療や予防に効果を持つことが分かっており、再現性 実験や大規模治験などの検証を待つまでもない。太田氏が最も効果を実感するのは水素風呂だといい、太田氏の次男、太田史暁氏の経営する企業は水素入り化粧 品「Auter(オーター)」を販売する。

 病気も老化もすべてはフリーラジカルで説明できるとの立場をとり、10年前の写真と比べると確かに若くなっているとする太田氏。取材を申し入れたとこ ろ、「取材に関しての申し合わせ」という文書にサインを求められた。記事全てを開示して事前承諾を取り、太田氏が承服できない場合は氏名を出してはならな いという内容だった。サインはできないと伝えると「話を聞くだけであればよい」と言うので、筆者は太田氏の研究室を訪ねている。太田氏のキャラクターあふ れるやり取りを記事にできないのが心残りだ。製造が簡単であり、ありふれた物質である水素の特許取得が難しい事情を鑑みると、同情の念が生じないわけでは ない。

中国へはばたく水素水ビジネス

 しかし、論文として発表されているデータは細胞実験や動物実験と、母数の少ない試験的な臨床試験のみ。治験が始まっているとも聞くが、実用レベルでの効 果や安全性はまだ確認されていない。テレビやファッション誌で息子の販売する化粧品を推奨するなど"盛りすぎ感"が否めない科学者としての態度や、それに 便乗する大手メーカーは、改めて品性が問われる。

 水素分子の研究開発を続けてきたというMiZ(ミズ)株式会社(神奈川県鎌倉市)は最近、新聞に全面広告を出し、水素の効果効能を調べた337の英語論 文を一覧で紹介した。日本以外の論文で、欧米の大学・研究所によるものは34に過ぎない。一方中国は196を数え、近年存在感を増している。水素水ビジネ スは、水への不安感が強く、日本とは許認可体制が異なる中国へと拠点を移し始めている。

◆Wedge2016年6月号より